Topic 第32話 就職活動で痛感したことPart2 (01/11/25)

 私が大学4回生になり、就職活動を開始する時期になった1997年4月、JR西日本電気部のNさんから再び電話がかかってきました。「今度求人活動で大学を訪問するので、そのときに会って話がしたい」と。私は前回3月に大阪駅で待ち合わせたときのすれ違いが引っかかっていたので、待ち合わせ場所を慎重に指定しました。

 今度は無事に会うことができ、近くの喫茶店へ行って話を聞くことになりました。JR西日本では、今年は700人程度を募集してそのうち大卒・修士卒は100人を予定しているとのこと、それに大卒の場合は様々な職場をローテーションで経験しながら将来的には管理する立場の職種につくこと、転勤が多くJR西日本管内ならば退職直前まであちこち行かされることなど、いろんなお話を聞きました。私はこのとき、大卒の場合は車掌や運転士になることを前提とした採用ではないことを初めて知り、それまで抱いていたイメージとの違いを感じました。

 私は少し緊張しつつ、これまで勉強してきた専門分野のことや卒業研究のことについて話をしました。そして、Nさんにコーヒーをおごってもらい、お礼を言って別れました。

 その後はしばらく平穏な日々が続きました。私は専門分野のプログラミングを勉強しながら、読書や音楽などに時間を充てていました。もちろん、就職のことは気になっていたのですが、私の所属する学科では大半の学生が教授推薦で受験して概ね合格できるという安心感があり、あまり深く考えていませんでした。このことが後で困る原因となったのかもしれません。

 5月も中旬となり、いよいよ会社を選んで教授に推薦をもらう時期がやってきました。私はこのとき、行きたい会社をまだ絞り込めていませんでした。他の学生が着々と採用試験に向けて準備を始める中、私は動揺しました。当初、私はNTT(現在はNTT西日本)にしようと考えていたのですが、大学OBやOGの話を聞いているうちに放送局のアナウンサー並みの会話能力が必要だと感じ、自分の器を超えてしまっていると思うようになりました。そして、いろいろ迷った挙句、JR西日本を受験することに決心したのです。もちろん迷いが消えたわけではありませんでした。でもここで一歩踏み出さないと何も進まないと思って自分に言い聞かせるようにしたのです。のほほんと遊んでばかりと思っていた同級生らがここに来て自分の進路をはっきり見据えている、なのに私は…という焦りがあったと思います。

 そこでJR西日本電気部のNさんに採用試験について電話で尋ねた私はさらに焦りました。JR西日本は教授推薦ではなく完全な自由応募で、しかも既に順次試験を行っていて一刻の猶予もないと言うのです。すぐに受験日を決めてもらいました。もう後戻りはできません。自分の人生の大半を左右する就職なのに、こんな人ごとみたいに決めて良いものかという思いもありましたが…。

 JR西日本の採用試験は、意外なことに学科試験はなし!(今はどうか知りませんが…) 一次、二次、三次試験まで面接のみとのことです。合否のほとんどが一次で決まって、二次と三次は確認のようなものらしいです。最も重視する点としては、説明能力とのことです。将来幹部になって人に説明・指導していく立場になったときに、しっかりと分かりやすい説明ができるかが重要だからと電気部Nさんはおっしゃっていました。

 試験日、前回すれ違ってしまったJR大阪駅の噴水広場で、今度はちゃんと電気部のNさんに会えました。目印として、お互いにJR西日本のカタログを持っていましたので…。そこから歩いて10分くらいの場所にあるJR西日本の本社へ連れて行ってもらいました。本社では不審者を中に入れないためなんでしょう、受付でゲストの名札をもらって胸に取り付けました。そして、いよいよ応接室で面接を受けることになったのです。

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