Topic 第51話 同じ場所で脱線事故 (03/04/04)

 2003年2月24日午前9時30分頃、和歌山県伊都郡高野町の南海高野線紀伊細川〜紀伊神谷間で、線路上に土砂が積もっているのを高野山極楽橋行きの運転士が見つけて急停止しましたが間に合わず、同電車の先頭車両が土砂に乗り上げて脱線するという事故がありました。幸いなことに乗客約30人と運転士・車掌に怪我はありませんでした。

 南海高野線の高野下〜極楽橋の区間は、高野山に向かう山中に崖を切り開いて作られた路線であり、勾配もカーブも急なため、電車は時速33km以下の速度でレールとのきしみ音を高らかに鳴らしながらゆっくりと走っております。線路の左側は山、右側は見るも恐ろしい谷です。ゆっくり走行していたので、先頭車両が乗り上げても怪我人が出るような大事故には至らなかったと思います。

 今回この事故が問題となったのは、今回の事故現場のごく近くで、1年前の2002年3月28日と31日に2回も土砂崩れが起きており、このうち1回目は今回と同じように土砂に乗り上げて脱線していた (怪我人はなし)ことであります。2002年3月に崩れた斜面からはわずか20メートルほどしか離れておらず、ほとんど同じ場所とみなせると思います。最初の脱線事故に遭遇した運転士はショックでしばらく乗務から離れることを余儀なくされたとの噂です。

 同じ現場で1年間に3回もがけ崩れ、しかもそのうち2回は脱線事故。2回とも幸い怪我人はなかったわけですが、利用者の不安は募ります。事態を重く見た国土交通省の航空・鉄道事故調査委員会が原因調査に加わることとなりました。万一電車が土砂に乗り上げて転覆するようなことがあれば、そのまま勢いで千尋(せんじん)の谷へ転落すると言う最悪のシナリオも考えられます。十分な原因究明と対策が求められるところであります。

 今回事故があった日の未明から断続的に雨が降っていたようですが、降水量は10ミリ以下とたいしたことはなかったようです。崩れた現場付近の地盤が元々ゆるんでいたようで、調査の中で多くの亀裂が見つかりました。2002年3月の2回の土砂崩れでは翌日には運転を再開、今回の事故現場にも金網を張る対策はしていたそうですが、結果的には不十分だったと言うことになります。今回2003年2月24日の事故では26日まで運転を休止して土砂を取り除き、その後も3月2日まで昼間の時間帯を補強工事のために運休していました。電車は高野下止まりとし、高野山へは学文路駅から代行バス輸送を行う措置をとりました。

 Kochanの最寄駅は学文路駅ですが、ちょうど家の近くで代行バスが向きを変えてたくさん待機していました。我が家のご近所では暢気なもので、 親子連れらが散歩ついでに珍しい観光バスを一目見ようと立ち寄る姿も見られました。代行バスには車掌役と思われるガイドのきれいな女性が乗っていることもあり、結構チェックポイント(!?)なのでありました(笑)。私の母に至っては、「いっぺんバスに乗ってガイドさんに案内してもらいながら高野山に言ってみたいわ☆」なんてアホなことを言っておりました。 あまり影響のない我々にとってはこのような馬鹿馬鹿しいことを言っておれますが、実際通勤通学で利用している人にとってはいつもより所要時間がかかったりして結構大変だったのではないかと思います。


事故について説明・謝罪する南海電鉄の掲示
(2003年2月26日学文路駅にて)

 閑話休題。事故現場については「次の土砂崩れは許されない」と言わんばかりにモルタルで固めて徹底的に補強したようです。ただ、危険な箇所はここだけではないはずです。これを機に、特に同様の土砂崩れの可能性がある場所はないか総点検していただきたいと思います。必要なら補強し、どうしても無理なら、崩れたことを検知して知らせるシステムを用意しておくべきでしょう。万が一、死者が出るような重大事故が発生するようなことがあれば、長期の運転休止、下手すればそのまま廃線という可能性もゼロではないわけです。南海電鉄にとってはコストがかかってしんどいとは思いますが、高野・九度山町民の通勤・通学の足を守るため、また高野山の観光を守るためにも十分な安全対策をお願いしたいと思います。

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