Topic 第68話 お盆期間中の南海2000系臨時特急(04/08/23)

  南海電鉄では今年2004年もお盆期間中(8月13〜15日)に高野山方面への電車を増発しました。今回の増発の目玉は何と言っても8月14日、15日の2日間に上下1本ずつ運転された臨時特急です。平常時の特急は全車両座席指定で30000系や31000系といった赤色を基調とした特急専用車両を使用しますが、今回の臨時特急が運転された時間帯は、30000系、31000系とも平常運転にフル稼働しており、2000系が割り当てられるのではないかとファンの間で予測されておりました。普段は急行、快速急行として運用している2000系が特急として運転されるとすれば、それはめったに見られないレア モノです。

 今回のトピックでは、紀伊山地の霊場と参詣道として高野山が世界遺産登録されたことを記念しまして、Kochanも2000系の特急を目当てに撮影に行ってきましたので、報告いたします。

●高野山へ電車で行った思い出

 本題へ入る前に、いくつか思い出とエピソードをお話しておきましょう。私の家のお墓は高野山の奥の院にあり、年に3回家族でお墓参りに行きます。私が中学生だった10数年前までは電車で行っていました。今は交通事情の関係から車で高野山まで登っており、電車を利用することはなくなってしまいましたが。

 昔は今と比べ物にならないくらい電車で高野山へ行かれる方が多かったように思います。お盆の時期になるとものすごく混むので、私たちは早朝6時半くらいの電車に乗りました。それでも座席に座れない人が続出するくらいでした。高野下までは約60km/hで運転しますが、高野下〜極楽橋間は勾配50‰の上り坂 と急カーブの連続で、電車は時速33kmのスピードでカーブでは線路をきしませながらゆっくりと走ります。極楽橋でケーブルカーに乗り換えて勾配30度の坂を5分登れば高野山に到着します。高野山駅からはバスに乗り換えて奥の院まで向かいます。

 思い出すのは小さかった頃、4〜5歳くらいだったかなあ、くだらないことでワンワン泣いたことです。ケーブルカーが発車する前には、何度もけたたましい発車ベルが鳴りました。それを聞いたら怖くて「ワァーン」と泣き出す始末。他にも高野山から話はそれますが、河内長野とかで駅舎の影になって電車内が急に暗くなっただけで怖くて泣いていましたし、果ては三日市町で車両切り離し後に発車するときの風船の抜けたようなベル(笑)があまりに変な音で怖くて泣き出した記憶もあります。Kochanは究極の”アカンタレ”なのでありました。

 話を戻して、高野山でのお墓参りが終わると、だいたい午前10時過ぎです。お昼までに家に帰ろうと早々にケーブルカーで極楽橋まで下りてきたら、上りケーブルカーのホームで溢れんばかりにたくさんの人が待っていました。ちょうど大阪から来られる方にとってはこの時間帯がピークなのでしょう。電車に乗ってきた乗客をケーブルカーでは一度で運びきれず、乗車制限もされていた模様です。

 私たちはなんば行き急行に乗りましたが、ほとんどの駅で対向待ちを食らいました。平常ダイヤの電車と臨時列車の二重対向も珍しくありませんでした。多分今ではほとんど見られない光景なのでしょうね…。

 それでも、お盆近くにもなれば、高野山行きの電車の車内は少なくとも座席が埋まるくらいの混み方になっていました。世界遺産登録の効果も多少はあるかもしれません。橋本〜極楽橋は赤字路線になっており、昨今の貴志川線の廃止の動きなどを考えると非常に不安視されるところではありますが、ほんの一時期とは言え特急「こうや」が満席になっている状況などを見ると、まだまだ大丈夫かなと思うのであります。

●2000系への世代交代

 私が子供の頃は、21000系と言う丸型と、22000系の角ばった電車が主流で、いずれも昭和30〜40年代に導入された車両でした。都市部から山岳地帯までをカバーする車両と言うことでカメラのズームになぞらえて「ズームカー」と呼ばれ、また一方で緑を基調とした色使いに「いもむし電車」などとも呼ばれました。母親が学生時代にこの車両が登場したときには「新車だ!」と言って皆喜んだそうです。

 21000系は以前映画に登場したことがあります。和歌山県の同和教育用として制作された「太郎のかがみ」という作品です。詳しいストーリーは忘れてしまいましたが、橋本が舞台とあって地元の私たちはストーリーだけでなく、誰か知っている人が出演していないだろうか、うちの近所が映っていないだろうかなどと 妙な期待をしながら映画を見たものです。
 そんな中で、主人公の女性(学校の先生役)が大阪へ行くのに橋本から21000系の電車に乗るシーンがありました。発車間際に男性が現れますが扉が目の前で閉まって、電車は発車していきます。それを無駄にもホームの端まで追いかける男性の姿。なんだか絵に描いたような展開に映画を見ていた人は思わず笑ってしまいました。
 さらに、電車は大阪方面へと複線区間を走っていると思わせるシーンがあった後、次のシーンがいただけませんでした。大阪へ向かっているはずの電車が次のシーンでは紀伊清水〜橋本間の鉄橋付近のカーブを走っているのです。「何でやねん!」と皆から思わずツッコミが入りました。 絵の撮り方を重視したのでしょうね、”遠くの人が見れば、そんな細かいこと分からんわい”ということなのでしょうが、地元の人からすれば変なところに注目してしまう結果となってしまいました。

 さて、私が中学2年くらいのときに、テニスの練習をしていたら、友達が「さっき見たことのない電車が走っていたぞ」と喜びながら言ってきたのです。それから時々、その”謎”の電車は忘れる頃にひょっこり姿を現したのでした。現在主力となっているの2000系の登場です。初登場当時はシルバーの車体に緑のラインが入っていて、21000系・22000系の後継であることを意識させるカラーリングでした。私が高校生になる頃には、車体の色がシルバー+青とオレンジのラインに統一されるとともに、徐々に2000系が増えていって珍しさもなくなってきました。乗ったときに当初は違和感があった、発車時独特のVVVFモータ音にも慣れてきました。世代交代が進み、大学に進学した頃(平成6年)には 既に2000系が主流で21000系・22000系の車両数は激減していました。

 大学在学中のある日、大学からの帰りに北野田駅で急行を待っていた私は、上りホームでたくさんの鉄道ファンがカメラを構えているのを見かけました。一体なんだろうと思っていたら、21000系のさよなら運転の電車が入ってきました。 ついに時代の節目を迎えたわけですね。

●注目の2000系特急は見られたのか?

 お待たせいたしました。いよいよ本題です。臨時特急をカメラにおさめるべく、ダイヤなどを入念に調べておよその通過時刻の見当をつけました。それにしてもこの臨時特急、なんば10:10初の特急は極楽橋着が11:51。なんと1時間41分もかかっています。これじゃあ急行の所要時間と同じです。平常ダイヤの列車運行を優先するため、対向待ちとか時間調整とかでいっぱい時間ロスをしているんでしょうね。

 ちょっとうっかりして油断していたら、あっという間に通過時間が迫っていました。慌てて自転車を飛ばして最寄の踏切へ。到着して1分もしないうちに踏切がなり始め、撮影ポイントを決められないままとにかく集中してシャッターを切りました。

 期待通りの2000系でした。種別が「特急」になっているだけですが、これでも超レア物です。「それだけのこと??」って言われたら、そうです。はい、本題はこれだけです(笑)。前ふりが恐ろしく長かったのは、そういうわけだったのです。
※画像をクリックすると640×480ピクセルで表示します。撮影機材:DiMAGE 7i(コニカミノルタ)

南海2000系臨時特急

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