|
Topic 第77話 過密化と余裕のないダイヤ設定〜JR福知山線脱線事故Part2〜(05/05/21) 今回のTrain Topicsも、 前回に引き続き、2005年4月29日に放送されたNHKスペシャル「脱線はなぜ起きたのか〜徹底検証・JR福知山線脱線事故〜」の内容に沿って、これまでに判明した事実や証言を補足しながら事故のメカニズムと背景を整理しておきたいと思います。 ●脱線のメカニズム なぜ、脱線は起きたのか。その謎を解き明かす手がかりが事故現場に残されていました。レールを固定するボルトが鋭く削られています。コンクリート製の枕木にも傷跡が残っています。脱線した車輪によってできた傷、脱線痕です。レールの左側に、数十メートルにわたって続いています。 ところが、カーブの内側にあたるもう一方のレールには、脱線痕はほとんど見つかりませんでした。このことから、事故を起こした電車は、内側の車輪が浮き上がった状態で、横転する形で脱線したと考えられています。電柱は1両目の車体が左に大きく傾いてぶつかったために鉄筋がむき出しになっています。2両目にあったパンタグラフも電柱に当たった衝撃で落下していました。 どのような場合、片側の車輪が浮くような状態になるのでしょうか。事故が起きたのは半径300mの右カーブです。制限速度は時速70km。しかし事故を起こした電車は、時速100km以上でこのカーブに進入したとみられています。直線を走っているとき、両側の車輪には均等に力がかかっています。しかしカーブに差し掛かると、まず車輪に横向きの力がかかります。そして速度が上がると、車体に遠心力がかかり、横向きの力が増大します。この力が大きくなりすぎると、内側の車輪が浮き上がってしまうのです。 事故の後、JR西日本は現場のカーブで脱線の恐れがある速度を計算しました。「計算上は133km/h。これ以上になると、脱線の恐れがあります」。ところがこの数値は乗客を乗せていない状態で計算しているため、実際には乗客を乗せている分だけ重心が高くなりこれより低い速度でも脱線しやすいのです。 また、乗り心地を良くするために車両の両側にバネが取り付けられていることの影響も、計算には含まれていませんでした。カーブでは電車を安定させるために外側のレールを高くしてあります。そのため、バネがないと車両が内側に傾いてしまいます。バネは振動を吸収し、車体をほぼ水平に保つ役割を果たしています。しかし、車体を水平に保つと、かえって遠心力の影響を受けやすくなってしまうのです。専門家がそれらのことを考慮して計算し直すと、現場のカーブでは電車は時速100kmを超えると脱線する恐れがあると分かりました。もし車体やレールの整備不良などで重心が偏っていたり、風などの気象条件によっては、さらに10km/h程度遅くても脱線する可能性もあると指摘しました。他にも、カーブ内での急ブレーキが遠心力を強めたとの見方もあります。 制限速度70km/hのカーブに100km/hを超える猛スピードで進入した電車。そこに様々な要因が重なったために脱線事故に至ったのではないかと専門家はみています。 ●背景にダイヤの過密化? それでは、この電車はなぜここまで速度を上げた状態でカーブに差し掛かったのか。事故前に、運転士が1つ手前の停車駅である伊丹駅でオーバーランしたことに伴う遅れを取り戻そうとしたためではないかとみられています。 こうした行動の背景にはJR西日本の過密なダイヤがあるのではないかと言われています。京阪神の路線図を見てみますと、どの路線もJR西日本と阪急・阪神などの私鉄が競合しているわけです。JR西日本では私鉄との競争に生き残るために電車の高速化 や便数の増加を図ってきました。 今回、事故を起こした電車は、ダイヤより1分30秒遅れていました(後に、車掌の証言でこれよりさらに遅れていたことも判明)。ダイヤ通りなら、午前9時20分、尼崎駅の6番ホームに到着、この駅で福知山線は東海道線と接続します。乗客は2分後に、8番ホームに到着する東海道線の上り電車に乗り換えることができます。しかし到着が遅れると東海道線への乗り継ぎ時間がなくなり、乗り換えが間に合わなくなるケースが出てきます。 退職まで40年近く運転士を勤めてきた人の証言によると、乗り継ぎ客の多い福知山線で乗務するときはとりわけ緊張を感じたと言います。「連絡がうまく取れなかった場合の障害が広範囲に渡ってしまい、全体に迷惑がかかる…。私の運転する電車でどうしても迷惑を掛けたくないという思いはあります。そうすると電車の速度を上げようかという気持ちが起こりがちですね…。」 福知山線は元々過密だったわけではありません。国鉄時代の1970年代までは乗客も少なく、単線の線路をディーゼル列車が走る赤字路線でした。しかし、1985年前後から大阪のベッドタウンとして宅地開発の波が押し寄せました。沿線の兵庫県三田市の人口は10年足らずで倍増、人口増加率は9年連続で全国1位になりました。福知山線は一転して大きな収益を見込める路線へと変わったのです。 福知山線には強力なライバルがいました。大手私鉄の阪急電鉄宝塚線です。宝塚方面から大阪に向かう乗客を2つの路線が奪い合うことになったのです。福知山線では列車のスピードアップが急速に進められます。1981年、線路は単線から複線になり、電化工事も行われました。国鉄からJR西日本となり、1989年には宝塚〜大阪の所要時間を6分縮める快速電車を登場させました。同時にこの20年余りで運行本数も4倍に増えました。最高時速120kmを出せる最新式の車両も導入されました。その結果、JR西日本の輸送人員はこの10年間で20%増えました。これに対して私鉄5社平均は減少、JR西日本は乗客の獲得に成功したのです。 輸送力の増強は新たな問題も生み出しました。ダイヤの過密化です。乗り継ぎ拠点の尼崎駅にはひっきりなしに電車が発着します。朝のラッシュ時間帯の時刻表を見ますと、神戸方面から到着する東海道線の上り電車は午前7〜9時台の3時間で70本、2分半に1本の割合です。さらにこのダイヤの合間を縫うようにして53本が福知山線から到着します。こうした過密なダイヤでは、1本の電車の遅れが後続の多くの電車の遅れを招くことになるのです。 ●「過密」と「余裕のない」ダイヤは意味が違います ちょっと待った!!確かに福知山線では列車の運行本数がこの20年間で4倍に増え、確実に過密化しており、様々な問題を発生させています。しかし、私は過密なダイヤというのは事故原因としては論点が少々ずれていると考えます。後に指摘されたように、福知山線では私鉄との競争に打ち勝つために所要時間を切り詰め、余裕の少ないダイヤになっています。特に、2003年12月のダイヤ改正では宝塚〜尼崎間の停車駅 (中山寺)を1つ増やしたにもかかわらず、所要時間を延長せず、駅間の運転時間を30〜40秒ずつ切り詰めたり、駅での停車時間を20秒から15秒に短縮したりしました。 中でも脱線した電車のダイヤは、ダイヤ改正前に比べて宝塚〜尼崎の所要時間を延ばすどころか逆に35秒も短縮し、16分25秒という”最速”列車だったと言います。 余裕のないダイヤでは、乗客の乗降に手間取るなどしてどうしても遅れるために、運転士は遅れを取り戻す回復運転を強いられてそれが常態化していました。 「ミスがなくても遅れる」と運転士が訴えるほどの無理なダイヤ設定でした。まさしく問題はここにあります。 「利益重視、ダイヤ優先の体質」という言葉だけで片付けたくありませんが、私鉄との激しい競争のもと、どこかで現場の声を無視して安全を後回しにする面があったのではないでしょうか。 ところで、仮にダイヤが過密であっても、運転時間に余裕があれば電車は速度を無理に上げる必要はありません。逆にダイヤが過密でなく、例えば30分に1本とかであったとしても、ダイヤに余裕がなくしかも乗り継ぎ時間を短く設定されている場合は、どうしても遅れがちになりますし遅れが許されない状況の中で、無理な回復運転に陥りやすいと言えます。 この切り分けをきちんと理解しておかないと、議論が噛み合わなかったり誤解を生じる可能性があります。テレビや新聞報道でも、余裕のないダイヤのことを「過密ダイヤ」と表現したりして混同しているのが散見されます。「ダイヤの過密が原因ではないのか」と聞かれて、JR西日本の垣内社長が「ダイヤの過密は事故と直接関係がない」と答弁していましたが、この発言そのものは正解で間違いないと私も思います。ただし、「過密ダイヤ」という言葉を、遺族を含め多くの人が違う意味で理解してしまっていることを察した上で適切な説明を加えないと、社長のこの回答では多くの人にとってはとんでもなく不誠実に聞こえてしまうでしょう。 事故の再発防止や今後の安全対策の強化については、JR西日本が今後近いうちに方針を決めていくとしていますが、それを見守っていく上で、我々も事故原因に対する正しい認識を持ち、適切な方向へ議論を持っていく必要があるのではないかと思います。 事故の背景としては、上記以外にも、経験の浅い運転士をシビアな路線に投入してしまった人事上の問題や、ミスに対する懲罰的な「日勤教育」のプレッシャー、最新型ATS(ATS-P)の導入遅れなど、様々な要因が挙げられます。これらについては機会を改めて、引き続き考察していく予定です。 次回のPart3では、事故発生後のJR西日本の不祥事と、マスコミの報道姿勢の問題について検証・レポートしたいと思っております。
関連トピック Train Topics 第76話 鉄道の信頼を覆す大惨事〜JR福知山線脱線事故Part1〜 Train Topics 第67話 恐怖の丸太乗り上げ〜JR紀勢線脱線事故〜 Train Topics 第50話 新幹線居眠り運転が与えた衝撃 Train Topics 第46話 二重事故、未だに変わらない体質
|
(C)1999-2006 Train Topics